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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17296号 判決

原告

剣木文隆

右訴訟代理人弁護士

堀口真一

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

鈴木醇一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二億五四八八万一九四四円及びこれに対する平成四年一〇月一〇日から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告営業担当者の勧誘によりいわゆる外貨建てワラントを購入した際、被告の営業担当者が、ワラントないしは外貨建てワラントについての説明を全くせず、却って、「絶対に儲かる。」、「絶対に挽回する。」などと言って勧誘したとして、これを理由に、被告に対して使用者責任を追及した事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、現在、東京都渋谷区千駄ヶ谷等で医院を開業している医師である。

被告は、証券取引法に基づき証券取引業を営む株式会社である。

2  原告は、昭和六〇年二月二二日から平成三年一一月二八日までの間、被告新宿駅西口支店で、別紙売買取引計算書(一)(現物取引)及び同(二)(信用取引)記載のとおり、売買取引をした。

3  ワラント取引

(一) 原告は、被告新宿駅西口支店投資相談課長大澤友行(以下「大澤」という。)の勧誘により、平成元年三月一日、神戸鋼外貨建てワラント五〇ワラントを単価三三ポイント(代金一〇四九万一五二五円)で購入し、更に、同月三一日、神戸鋼ワラント五〇ワラントを単価32.5ポイント(代金一〇七四万九三七五円)で購入した。

(二) 原告は、大澤の後任者被告新宿駅西口支店投資相談課長熊谷健悦(以下「熊谷」という。)の勧誘により、平成元年七月二七日、住友不動産外貨建てワラント四〇ワラントを単価25.5ポイント(代金七一五万七八五〇円)で買い付けた。

(三) 原告は、熊谷の勧めもあって、平成元年一一月一〇日から同月二八日までの間、住友不動産外貨建てワラント合計二九〇ワラントを単価31.5ポイントないし36.5ポイント(代金合計七〇二七万一〇二四円)で買い付け、更に、同月二九日、静岡銀行から二億円を借り入れて原告と原告の父剣木圭一名義で、住友不動産外貨建てワラント各四〇〇ワラントを単価36.5ポイント(代金合計二億〇九六五万六〇〇〇円)で買い付けた。

(四) 原告は、熊谷の勧めにより、平成二年八月二日から同年一〇月二三日までの間、リコーワラント、川鉄ワラント、三井造船ワラント、コロムビアワラント、フジテックワラントを買い付けたほか、住友不動産外貨建てワラント合計一〇〇ワラントを単価6.25ポイントないし7.0ポイント(代金合計四一六万八四三七円)で買い付け、アサヒビール外貨建てワラント合計二三五ワラントを単価8.0ポイントないし9.5ポイント(代金合計一三二二万九七〇六円)で買い付けた。

(五) 原告は、熊谷の後任である被告新宿駅西口支店投資相談課長三宅洋三(以下「三宅」という。)の勧誘により、平成三年五月二七日、東海鋼業外貨建てワラントを買い付け(代金一五八万五一〇六円)、更に、同月三一日、東洋建設外貨建てワラント三一ワラントを単価19.6ポイントで買い付け(代金四二一万八二六三円)、同年六月三日、同じ東洋建設外貨建てワラント一四ワラントを単価23.5ポイントで、同一八六ワラントを単価二五ポイントで買い付けた(代金合計三四五〇万六八二七円)。

その後、原告は、同年八月一日までの間に、青木インターワラント、王子製紙ワラント、住友電工ワラント、大林組ワラントを買い付けた。

4  ワラントについて

(一) 被告が作成した「ワラント取引説明書―その特長と仕組みについて―」には、要旨次のような記載がある。

(1) ワラントとは、「一定期間(行使期間)内に一定価格(行使価格)で一定量の新株を購入(引受)できる権利を有する証券」をいい、このワラントを付して発行される社債を新株引受権付社債(ワラント債)という。外貨建てワラント債は日本企業が外国において発行するワラント債であり、これが国内に持ち込まれて取引されている。

ワラント債には分離型と非分離型とがあり、分離型ワラント債は社債部分と新株引受権部分(ワラント部分)とが二つに分離できるものであり、それぞれが独立に取引できるものであって、非分離型はそれができないものである。

外貨建てワラントには、額面、付与率、行使価格、固定為替レートが定められており、例えば、額面五〇〇〇ドル、付与率一対一、行使価格五〇〇円、固定為替レート一四〇円とした場合、その一ワラントについては、行使期間内に七〇万円(五〇〇〇ドル×一×一四〇円)を支払って一四〇〇株(七〇万円÷五〇〇円)の新株を購入(引受)できるものである。

この外貨建てワラントが取引されるとき、今、その発行会社の株式の時価を六五〇円、為替相場を一五〇円とすると、その時点での一ワラントの理論上の価格は二一万円となり、それは額面の二八パーセントにあたることとなる。なぜなら、仮に証券市場でその発行会社の株式を一四〇〇株購入するとすれば、九一万円(一四〇〇株×六五〇円)を出捐しなければならないのに、ワラントを行使すれば七〇万円(一四〇〇株×五〇〇円)ですむからである。この差額二一万円が、一ワラントの理論上の価値であり価格であって、それは額面(五〇〇〇ドル)の二八パーセントにあたることとなる(一四〇〇ドル(二一万÷一五〇円)÷五〇〇〇ドル)。この理論価格を式で表せば、次のとおりである。

理論価格={(株式の時価−行使価格)÷行使価格}×付与率×(固定為替÷為替相場)×一〇〇

(2) ワラントの取引価格(流通価格)は右理論価格と一致するはずであるが、実際には一致しない。それは、発行会社の株式の時価が上昇する気配であれば、それを見越して高い値段で取引されることとなり、下降する気配であれば低い値段で取引されることとなるからである。

(3) そして、株式の時価が行使価格を下回るに至れば、ワラントの価格は限りなくゼロに近付くものであり、また、それに加えて、行使期間内にワラントを行使しなければ、その権利(新株引受権)はもはや消滅するに至るのである。

(二) ワラントの取引価格は、通常ポイントをもって示され、例えば、二八ポイントとは、額面の二八パーセントの価格であることを示しており、それは、前記の例でいえば、一四〇〇ドルとなり(五〇〇〇ドル×二八%)、日本円にして二一万円の取引価格となるのである(一四〇〇ドル×一五〇円)。ちなみに、円高が進んで為替の相場が一ドル一〇〇円となれば、その取引価格は一四万円となり(五〇〇〇ドル×二八%×一〇〇円)、逆に円安が進んで一ドル二〇〇円となれば、その取引価格は二八万円となる(五〇〇〇ドル×二八%×二〇〇円)。

三  原告の主張

1  ワラントないしは外貨建てワラントの危険性

(一) 一般に、ワラントは、その発行会社の株式の時価が権利行使価格を下回ることになれば、証券市場から安い価格で株式を取得することができるのであるから敢えて権利を行使して払込により新株を取得する利益がなくなるし、また、権利行使期限を徒過すれば新株引受権自体が消滅してワラントが無価値になることから、行使期限との関係でも非常な危険性を含んでいる商品であるといえる。

(二) また、ワラント取引は、いわば新株引受権のみを売買取引の対象とするものであるから、権利行使価格を除外したところで価格設定がなされ、実際の株式を市場で購入するより著しく少ない金額で売買がなされる一方、株価が上昇したときには上昇価格と権利行使価格との差額が当該ワラントの理論価格になり、株価に連動して上昇するが、一度株式の時価が権利行使価格を割り込めば理論価格はたちどころにゼロになり、もはやワラントの売買取引自体が不可能になるという危険性もある。

(三) 更に、外貨建てワラントは、通常一〇ワラント以上を取引単位とするために、個人投資家としては高額になりやすいし、取引が証券会社の店頭で行う相対取引として処理されるので、公正な市場価格を反映せず、不明確なまま決定され、投資家が公正な取引価格を把握することが不可能となっているものである。また、権利行使期限間近のワラントは日本相互証券では値付けを行わないことから、投資家は、ワラント証券の現物の引渡しを受けることなく単なる預り証で処理されるので、市場での流通性がなくなり、事実上取引をした証券会社に買戻しを受ける以外に投下資本の回収の方法がないのである。

(四) 加えて、外貨建てワラントには為替の変動による危険性もある。

2  不法行為

(一) 証券取引法は、第五〇条一項一号で「断定的判断の提供」を、同条同項第五号で「投資家保護に欠ける行為」を禁止し、更に、同法第五八条二号で「虚偽表示等による財産の取得」を禁止している。そして、同法第五〇条一項五号を受けた「証券会社の健全性の準則等に関する省令」第一条一項は、「虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生じせしめる表示行為」を、第二項は、「顧客に対して特別の利益を提供することを約して勧誘する行為」を禁止している。

右の各規定や証券取引法が投資家保護のために情報開示の原則を徹底していることを合わせ考慮するならば、被告の営業担当者である前記熊谷、三宅らは、外貨建てワラントの取引を勧誘するにあたり、一般投資家である原告に対し、投資判断に関する適切な説明及び情報提供をなすべき義務があったのであり、外貨建てワラントの取引に伴う前記の投資危険性を十分に原告に認知させて、過大な取引に誘引することがないようこれを回避すべき法律上の注意義務を負っていたのである。

(二) しかるに、(1)被告の担当者熊谷は、平成元年七月初旬ころ、原告に対し、「絶対に儲かる商品があり、損はさせません。」などと言って、執拗にワラント取引を勧誘し、「野村證券が扱うものだから絶対に損はさせない。」、「任せてほしい。」、「少ない資金で絶対に儲かる。」などと言って、強引に勧誘したため、原告は、これを信じて、前記二3(二)のとおり、住友不動産の外貨建てワラントを購入するに至った。(2)更に、熊谷は、原告に対して、平成元年一一月、「絶対に儲かる。損はさせない。私に任せてほしい。」などと言ってワラントの取引を勧誘し、これを信じた原告をして、前記二3(三)のとおり、前後六回にわたり、住友不動産の外貨建てワラントを購入させた。(3)翌平成二年一〇月、熊谷は、「ワラントの価格が下がっているが心配はいらない。」、「これを挽回するために更に買いましょう。これから絶対に上がる。」などと言って、嫌がる原告をして、前記二3(四)のとおり、住友不動産の外貨建てワラント及びアサヒビールの外貨建てワラントを購入させた。その際、熊谷は、住友不動産外貨建てワラントの行使期限が平成四年五月七日であることを原告に全く説明しなかった。(4)更に、三宅及び村上支店長は、平成三年五月、「今度は絶対に挽回する。」、「本部絡みであるから絶対儲かる。信用してほしい。」などと言って、重ねてワラント取引を勧誘し、これを信じた原告をして、前記二3(五)のとおり、東洋建設の外貨建てワラントを購入させた。

原告は、結局、別紙ワラント買付一覧表記載のとおり、前後一五回にわたり、合計二億三四一六万一八四四円を投じて外貨建てワラントを購入したが、この間、熊谷からも三宅からも、ワラントに関する説明は全くなく、「儲かる。」との説明ばかりであった。

熊谷、三宅、村上支店長の右各勧誘行為は、外貨建てワラントについての説明を全くせず、却って、「絶対に儲かる。」、「絶対に挽回する。」などと言って、断定的判断を提供して原告を勧誘したものであるから、前記注意義務に違反し、不法行為を構成するものである。

3  被告の責任

(一) 被告の営業担当者熊谷、三宅、村上支店長は、故意に外貨建てワラントの勧誘活動に関して右違法行為を行ったものであるから、民法七〇九条の損害賠償責任がある。仮に、右営業担当者らが違法行為を認識していなかったとしても、証券取引を専門とする被告の従業員として重大な過失が存在したものといわざるを得ず、同様に損害賠償責任がある

(二) そして、被告は、熊谷、三宅、村上支店長を被告新宿駅西口支店の営業担当者として雇用している使用者であるから、同人らが外貨建てワラントの勧誘活動に関してなした前記不法行為につき、民法七一五条の使用者として損害賠償の責任を負担する。

4  損害

(一) 原告は、熊谷、三宅、村上支店長の前記不法行為によって、以下のとおりの損害を被った。

(1) 住友不動産外貨建てワラント八三〇ワラントの購入代金一億八六四二万五三一一円

右ワラントは、全て行使期限が経過して無価値になっているので、右代金全額が損害である。

(2) アサヒビール外貨建てワラント二三五ワラントの購入代金一三二二万九七〇六円

右ワラントは、全て行使期限が経過して無価格になっているので、右代金全額が損害である。

(3) 東洋建設外貨建てワラント二〇〇ワラントの購入代金の一部金三三〇二万六九二七円

東洋建設外貨建てワラント二〇〇ワラントの購入代金三四五〇万六八二七円のうち、平成六年一一月二一日現在の為替レートによる日本相互証券発表の前場気配値(1.500ポイント)として次の一四七万九九〇〇円を控除した三三〇二万六九二七円が損害となる。

5000ドル×200ワラント×98.660円(為替レート)×1.500(ポイント%)=147万9900円

(4) 以上を合計すると、二億三二六八万一九四四円となる。

(二) 弁護士費用

原告は、原告訴訟代理人との間で本件損害賠償請求訴訟の弁護士費用として、請求額の一割に相当する金銭を支払う旨を約束したので、その金額二二二〇万円を損害として請求する。

(三) 結局、原告の被った損害の合計額は、金二億五四八八万一九四四円となる。

四  被告の主張

1  被告は、原告に対する外貨建てワラントの取引勧誘にあたり、買主たる原告にその説明義務を負うものではなかった。

2  原告が最初に被告新宿駅西口支店でワラントを購入したのは平成元年三月一日であるが、そのときの担当者であった前記大澤は、原告に対して、前記「ワラント説明書」を交付して、十分な説明をしている。なお、原告は、昭和六〇年二月から右支店で株式の現物取引及び信用取引をしていたものである。

3  被告の営業担当者である熊谷、三宅、村上支店長が「絶対に儲かる。損はさせない。」、「本部絡みである。」、「損を挽回する」などと言って勧誘した事実はない。

原告は、ワラントについての特殊な用語まで熟知しており、ワラントの仕組についても詳細な知識を有していたのであって、自らの意思でワラントを購入したのであり、被告営業担当者の言うがままにワラントを購入したものではない。

なお、熊谷は、平成二年一〇月に住友不動産外貨建てワラントの購入を勧めた際、原告に対して、その行使期限が平成四年五月七日であることを説明している。

五  争点

1  外貨建てワラントの取引を勧誘する被告の営業担当者は、原告に対して、その説明をなすべき義務があったか。

2  仮にあったとして、被告の営業担当者は、原告に対して、外貨建てワラントについて十分な説明をしたか。その際、原告に対して「絶対に儲かる。」などと言ったことがあるか。仮に言ったとして、原告は果してそれを信じてワラントを購入したか。

第三  争点に対する判断

一  証拠(乙一の1ないし3、二、七、一四の1、2、一七、一九の1ないし10、二一の1ないし3、二二の1ないし17、二三の1ないし60、二四の1ないし10、二五、二六の1ないし3並びに証人大澤友行、同熊谷健悦、同三宅洋三及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、現在、千駄ヶ谷で中央医院を、飯田橋で飯田橋医院を経営する医師であり、昭和五六年から平成二年までは、中野区に居住して、中野クリニックを開業していた。

2(一)  原告は、被告日本橋支店で金地金取引を行っていたが、昭和六〇年二月、株の継続的取引をするために被告新宿駅西口支店の紹介を受け、同年二月二二日、同支店を訪れて、同支店の投資相談課長大澤友行担当のもとに、住友金属鉱山の株式七〇〇〇株を購入した。この銘柄は、原告が取引を始めるにあたって既に購入を決めていた銘柄であった。

(乙一の1ないし3)

住友金属鉱山株は、当時、住友金属鉱山株式会社が採掘権を有していた鹿児島県菱刈に有望な鉱脈が見つかったということで、人気銘柄となっていたものであった。

(二)  原告は、その後、同年三月二五日までに前後五回にわたって住友金属鉱山の株式を買い付けたが、これらは全て原告の判断によるものであった。

(三)  また、この間の同年三月四日、原告は、被告新宿駅西口支店との間で信用取引を開始したが(乙二)、これも、大澤が勧誘したものではなく、原告が自ら申し出たものであった。

3  原告は、昭和六〇年一〇日七日、大澤の勧めにより、住友金属鉱山の転換社債を被告新宿駅西口支店で買付けし、昭和六一年一一月以降平成元年二月までに、別紙売買取引計算書(一)及び(二)のとおり、イトーヨーカ堂転換社債や、NTT、野村證券、川鉄、石川島播磨重工業、NKK、三井造船、神戸鋼の株式など約二〇種類の銘柄の取引を継続反復した。

(乙一四の1)

これらの取引には、もちろん大澤の勧誘によるものもあったが、原告の自主的判断によるものも少なからずあり、また、原告は、大澤が勧めてもすぐにその銘柄を購入するというわけではなく、自分で検討した上で購入していた。

4(一)  平成元年二月下旬、大澤は、右神戸鋼の株価が下がったこともあって、原告に対してワラントの取引を勧誘した。

その際、大澤は、当時原告が開業していた前記中野クリニックを二、三回訪問して、原告に対し、前記「ワラント取引説明書」と題する小冊子(乙一七)を交付し、また、これを示しながら、ワラントとは定められた行使価格で新株を引き受けることのできる権利であること、行使期間(通常五、六年)があるのでその期間内に行使すべきものであること、行使期間が過ぎると権利が消滅してしまうこと、株価が行使価格を上回ればワラントの価格も上昇するものであること、等ワラントについての一般的な説明をし、いわゆるハイリスク・ハイリターン商品であることを説明した。

(二)  そして、同年三月一日、大澤は、被告新宿駅西口支店から原告に対して、電話で「儲かる。」旨を述べて、神戸鋼ワラントの購入を勧め、原告は、その場で、神戸鋼ワラント五〇ワラントを単価三三ポイントで購入することを承知し、同月三日、一〇四九万一五二五円を振込送金した。(乙一四の1、一五)

(三)  大澤は、その後、原告に対して、前記「ワラント取引説明書」の末尾にある「ワラント取引に関する確認書」(乙七)を切り離して署名捺印した上送り返してほしい旨を依頼し、原告は、これに応じて、右確認書の住所欄に「中野区中野5―32―9」と記載し、氏名欄に自署押印して、これを被告新宿駅西口支店に郵送した。右確認書には、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断においてワラント取引を行います。」との記載がある。

(四)  被告は、そのころ、「預り証」(乙二三の38)を発行してこれを原告に交付した。右「預り証」には、行使期限として、「5.2.10」の記載がある。

(五)  原告は、更に、同年三月三一日、被告新宿駅西口支店を通じて神戸鋼ワラント五〇ワラントを単価32.5ポイントで買い付けた。代金は一〇七四万九三七五円であった。(乙一四の1)

5  平成元年五月末、被告新宿駅西口支店の投資相談課長は大澤から熊谷健悦にかわり、原告の担当者も右熊谷となった。

このころの原告の手持ち株は、ブリティッシュガスの株式五〇〇〇株、神戸鋼の株式二万株、大阪商船三井の株式八〇〇〇株、神戸鋼のワラント一〇〇ワラント及び藤沢薬品転換社債五〇〇〇株であったが、ほとんどが値下がりをしていたため、原告は証券投資意欲をいたく低下させていた。

6  平成元年七月ころ、証券業界では、住友不動産株が有望であるとされた。そこで、熊谷は、原告が被告新宿駅西口支店から前記の「ワラント取引説明書」を受け取っていること、原告が「ワラント取引に関する確認書」を送り返していることを確認した上、原告の前記中野クリニックを二、三回訪問するなどして、原告に対し、銘柄名、固定為替、行使価格、行使期日等が記載された「外貨建てワラント(USドル建)価格表」を示して、改めて、ワラントが株式と比較して非常に大きな値動きをすること、行使期限というものがあること、為替変動のリスクがあることなどを説明して、住友不動産外貨建てワラントを購入するよう勧めた。(乙二五)

原告は、同年七月二七日、熊谷の右勧めにより、住友不動産の外貨建てワラント四〇ワラントを単価25.5ポイントで購入した。代金は七一五万七八五〇円であった。(乙一四の1)

7(一)  住友不動産ワラントは、平成元年九月に入ってかなり値下がりしたが、同年九月中旬以降徐々に回復し、同年一一月には原告の買値を上回る日も出てきた。(乙二二の1ないし3)

(二)  原告は、この状況から、更に住友不動産の外貨建てワラントを買い進めることとし、熊谷の勧めもあって、同年一一月一〇日に住友不動産外貨建てワラント七〇ワラントを単価三二ポイントで、同月一三日に同ワラント三〇ワラントを単価31.5ポイントで、同月一七日に同ワラント五〇ワラントを単価三二ポイントで、同月二二日には同ワラント三〇ワラントを単価32.5ポイントで、同月二八日には同ワラント一一〇ワラントを単価36.5ポイントでそれぞれを購入した。代金は合計七〇二七万一〇二四円であった。(乙一四の1)

(三)  なお、原告は、同年一一月一〇日に、同年三月三一日に単価32.5ポイントで購入した前記神戸鋼ワラント五〇ワラントを単価二二ポイントで売却して約三〇〇万円の損を出し、また、同年一一月二〇日に、同年三月一日に単価三三ポイントで購入した前記神戸鋼ワラント五〇ワラントを単価二三ポイントで売却して約二三三万円の損を出した。(乙一四の1)

(四)  更に、原告は、同年一一月二九日、自ら静岡銀行新宿支店から二億円を借り入れ、同支店の支店長室から熊谷に電話をかけて、原告と原告の父剣木圭一(以下「圭一」という。)名義で一億円ずつ住友不動産外貨建てワラントを購入したい旨を連絡した。

熊谷は、直ちに被告の本社に右ワラントを確保できるか否かを問い合わせたところ、四〇〇ワラントずつを単価36.5ポイントで買い付けることができる旨の返事を得たため、静岡銀行新宿支店にいた原告に電話をして、その旨を伝えたところ、原告は、同ワラント合計八〇〇ワラントを単価36.5ポイントで買い付けた。代金は合計二億〇九六五万六〇〇〇円であった。

(五)  同年一二月一日、熊谷は、前記中野クリニックに出かけ、原告に預り証(乙二三の52)を交付した。その際、原告は、圭一名義で、外国証券取引口座設定約諾書、総合取引申込書兼保護預り口座設定申込書及びワラント取引に関する確認書に署名捺印した。(乙二六の1ないし3)

8  しかし、平成二年一月以降、株価は急落した。熊谷は、そのため、同年八月〜九月、原告にリコーワラントや川鉄ワラントなどの新規発行のワラントを勧め、原告はこれらの売買により合計約一三五万円の利益をあげた。(乙一四の1)

9(一)  原告は、平成二年一〇月一八日、住友不動産外貨建てワラント五〇ワラントを単価6.25ポイントで、同月一九日、同ワラント五〇ワラントを単価七ポイントで、それぞれ被告新宿駅西口支店を通じて買い付けた。代金は合計四一六万八四三七円であった。(乙一四の1)

これらは、熊谷の勧めによるものであり、値が下がったところで同じワラントを買い付けるいわゆる難平(ナンピン)買いであって、原告もこれを了承して行われたものであった。

その際、熊谷は、原告に対して、住友不動産外貨建てワラントの行使期間があと一年半ほどであることを説明した。

(二)  また、原告は、同年一〇月一八日、被告新宿駅西口支店を通じてアサヒビール外貨建てワラント五〇ワラントを単価八ポイントで買い付けた。代金は二五三万円であった。(乙一四の1)

この買付けも熊谷が勧めたものであり、当時アサヒビールは、「スーパードライ」が大ヒットして業績を上げていた。

原告は、更に、同月一九日、アサヒビール外貨建てワラント一〇〇ワラントを単価九ポイントで、同月二三日には同ワラント六五ワラントを単価9.25ポイントで、二〇ワラントを単価9.5ポイントで、それぞれ、被告新宿駅西口支店を通じて買い付けた。代金は合計一〇六九万九七〇六円であった。(乙一四の1)

(三)  原告は、同年一〇月二二日、フジテックワラント二三ワラントを単価一六ポイントで被告新宿駅西口支店を通じて買い付け、これを翌日売却して五九万円余りの利益をあげた。(乙一四の1)

10  熊谷は、その後も、原告に対してワラントの買付けを勧誘したが、原告は必ずしも熊谷の勧誘に応じるというわけではなかった。

11  平成二年一一月から、被告新宿駅西口支店は、顧客に対して「外貨建てワラント時価評価のお知らせ」と題する書面を送るようになり、原告のもとにもこれを郵送したが(乙一九の1ないし9)、右書面の裏面には、ワラントには権利行使期間が設けられており、その期間を経過するとワラントは価値を失い買付代金全額を失うことになる旨が記載されていた。(乙一九の10)

また、被告新宿駅西口支店は、原告とのワラント取引において、原告に預り証を交付していたが、その書面には、当該ワラントの行使期限が記載されており、平成二年一一月以降の外国新株引受権証券預り証には、行使期限を過ぎると証券が無価値になることも記載されていた。(乙二三の36、38、45ないし47、49ないし52、54ないし57、59、60)

12(一)  熊谷は、平成三年五月、被告水戸支店に転勤となった。

その際、原告は、熊谷及び熊谷の後任者である三宅洋三に対して、それまでの被告新宿駅西口支店との取引内容を確認し、残高が圭一名義のものも含めて住友不動産ワラント一二三〇ワラント、アサヒビールワラント二三五ワラントであることを確認して、承認書(乙二一の2、3)に署名押印したが、熊谷らに対して特に異議を述べることはなかった。

このとき、三宅は、原告に対して、住友不動産ワラント及びアサヒビールワラントは、行使期限も近づいてきているので回復するのが難しい旨の自己の考えを伝えた。

(二)  原告は、同年五月二七日、三宅の勧めにより、東海鋼業外貨建てワラント一三ワラントを単価17.5ポイントで被告新宿駅西口支店を通じて買い付け、これを翌日売却して約六二万円の利益を得た。(乙一四の1)

同日夜、原告は、熊谷の送別会を開き、出席した被告新宿駅西口支店支店長村上敏雄及び三宅に対して、ワラント取引の損失を挽回できるよう協力を依頼した。

(三)  原告は、同年五月三一日、三宅の勧めにより東洋建設ワラント三一ワラントを単価19.6ポイントで買い付けた(同年六月六日に売却して約六五万円の利益をあげた)。(乙一四の1)

(四)  同年五月三一日、原告は、村上支店長及び三宅を料亭に招待し、重ねて、ワラントで損をしているので挽回できるよう協力を依頼した。

そこで、三宅は、景気回復のための公共投資が進み建設株が値上がりする旨を述べて、新発のワラントである右の東洋建設ワラントを更に購入するよう勧めた。

(五)  原告は、同年六月三日、東洋建設外貨建てワラント一八六ワラントを単価二五ポイントで、一四ワラントを単価23.5ポイントで被告新宿駅西口支店を通じて買い付けた。代金は合計三四五〇万六八二七円であった。(乙一四の1)

13(一)  しかし、その後、東洋建設ワラントは値を下げ、同年八月後半には単価一〇ポイントを下回る状態となった。(乙二四の1、2)

(二)  同年八月、原告は、村上支店長及び三宅に対して、東洋建設ワラントが値下がりしていること、熊谷の勧めもあって購入した前記住友不動産ワラント及びアサヒビールワラントが値上がりしてこないことについて、苦情を述べた。

(三)  この間、三宅は、新発のワラントあるいは新発の転換社債、新規公開株などを中心に原告に買付けを勧め、原告は、青木インターや王子製紙などのワラントを買い付け、同年一一月までに株取引を含め総額約七四四万円余りの利益をあげた。(乙一四の1)

(四)  同年九月、原告は、村上支店長及び三宅に対し、原告の損害の補填を求めるかのような要求をしたが、三宅らはこれを断った。その際、原告は、オプションや先物取引などを行って挽回することを口にしたが、三宅らは、先物取引等は投機性が強いことを理由にこれをやめるよう勧めた。

(五)  同年一〇月下旬ころ、東洋建設ワラントの値段が戻ってきたので、三宅は、原告に対して、損害を少なくするために東洋建設ワラントを一部売却することを勧めたが、原告は、なお様子をみるとしてこれに応じなかった。(乙二四の3)

14  原告と被告新宿駅西口支店との取引は、平成三年一一月二八日をもって終了した。

15  原告が現在所持するワラントの内、住友不動産ワラント及びアサヒビールワラントは全て行使期限が過ぎてその権利が消滅しており、東洋建設ワラントはその行使期限が平成八年五月二九日までと約一年数ヵ月後に迫っている。

以上の事実が認められる。

二  右事実をもとに、争点について判断する。

1  被告は、「原告に対する外貨建てワラントの取引勧誘にあたり、被告営業担当者にその説明義務はなかった。」旨主張する。

しかし、ワラントはその額面金額を払い込むことによって一定量の新株式を購入(引受)することができる権利であるところ、その権利(新株引受権)は行使期間を経過することによって、確定的に消滅してなくなるものであり、その場合にはもはや投資した購入代金の回収は確定的に不可能となるのであり、また、たとえ行使期間内であっても、ワラント発行会社の株式の時価が行使価格を下回れば、その権利(新株引受権)を行使するメリットは全くなくなり、権利は存在するものの価値がない状態となるのであり(もっとも、株価が回復して行使価格を上回ればワラントの価値も回復する。)、更に、ワラント自体の価格に変動がなくても為替の相場が円高となればワラントの国内取引価格自体は下がってしまって差損が生じるのである。これらワラントの経済的危険性に鑑みると、ワラント取引を勧誘する者は、信義則上、少なくとも右の危険性について、被勧誘者に対し、その能力・経験に応じた相応な説明をしてそれを理解させるべき義務を負うものというべきである。

もっとも、ワラントの仕組を既に理解し右のような危険性を知っている被勧誘者等に対しては改めて右の説明をなすべき義務はないが、本件においては、原告はたしかに昭和六〇年二月から被告新宿駅西口支店で株式の現物取引及び信用取引をしていたものの、しかし、原告が平成元年三月当時ワラントの前記危険性についてこれを知っていたとは未だ認められないから、そうとすれば、被告の営業担当者は原告に対しなおワラントの危険性について説明をなすべき義務があったというべきである。

被告の右主張は採用することができない。

2(一)  ところで、原告は、「被告の営業担当者は、原告に対して外貨建てワラントの説明を全くせず、却って、「絶対に儲かる。」、「絶対に挽回する。」などと言って、原告に断定的判断を提供した。」旨主張する。

(二)  しかし、①前記一4(一)認定のとおり、原告は、平成元年二月、ワラント取引を始めるに先立って、被告新宿駅西口支店の投資相談課長大澤友行から「ワラント取引説明書」の交付を受けており、それには、ワラントの内容やその行使価格、行使期間等について一応の説明がなされており、また、外貨建てのワラントの仕組、ワラントの流通価格と株価との関係(リスク)、ワラント投資と税金、等について一応の説明もなされていること、②そして、原告は、その後、「ワラント取引に関する確認書」に署名押印してこれを被告に郵送しており、右確認書には、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と記載されていること、③大澤は、ワラント取引の開始前に原告の医院を二、三度訪ね、原告に対して、口頭でワラントに関する一般的な説明をしていること、④更に、原告は、前記一6認定のとおり、大澤の後任課長熊谷健悦から、平成元年七月ころワラント取引の再開を勧められ、その際、熊谷からワラントに関する説明を受けていること、⑤原告は、平成二年一〇月、前記一9(一)認定のとおり、熊谷から、住友不動産の外貨建てワラントの行使期間があと一年半ほどある旨の注意を受けていること、⑥原告は、前記一12(二)認定のとおり、熊谷のために送別会を開いており、また、その後任者である三宅課長と村上支店長を料亭に招いて、ワラント取引による損失を挽回してほしい旨を頼んでいること、⑦原告は医院を開業する医師であり、昭和六〇年二月から被告新宿駅西口支店で株の現物取引と信用取引を行ってきたものであり、その証券取引の経験は平成元年三月までで約四年に及んでいたこと、以上によれば、原告に対する最初の勧誘者であった大澤は、原告に対してワラント取引の勧誘をなすにあたり、原告の年齢、職業、証券取引の経験・知識等に応じた相応な説明をしてその判断資料を提供していたものというべきであり、そして、前記一認定の事実に徴すると、その後の営業担当者である熊谷、三宅及び村上支店長にも不法行為を構成するような説明義務違反はなかったものというべきである。

(三)  原告は、その本人尋問において、熊谷、三宅らから「絶対に儲かる。」、「絶対に挽回する。」、「本部絡みであるから絶対儲かる。」などと言われた旨、原告の前記主張にそう供述をする。

しかし、右供述は、証人大澤友行、同熊谷健悦及び同三宅洋三の各証言に照らしてにわかに措信し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。熊谷、三宅らが断定的判断を原告に提供したとの事実もまたこれを認めることができない。

(四)  なお、仮に被告の営業担当者がワラント取引の勧誘に際して原告に対し「絶対に儲かる。」などと言ったとしても、原告のそれまでの約四年間にわたる株式取引の経験や原告の職業等に鑑みれば、原告がこれをたやすく信じたものでないことはもとより、「絶対に儲かる」ということがおよそあり得ないものであることも原告においても十分に承知していたものと推知され、原告が被告営業担当者の言うことを鵜のみにしてその言うがままにワラント取引をしたものとは到底認められないのであって、原告は最終的には自己の判断と責任においてワラント取引をなしたものと認めるのが相当である。

(五)  結局、いずれにしても、原告の前記主張は採用することができない。

三  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官真鍋美穂子)

別紙売買取引計算書(一)(二)〈省略〉

別紙ワラント買付一覧〈省略〉

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